茶臼山

  • 2016.01.09 Saturday
  • 15:41
こんにちは、はる君です。
今日も冬晴れですが空気が冷たくなって来ました。


工房から東南の方向を見たところです。
なんかこんもりした小山が見えますね、地元では茶臼山と呼ばれています。


こんな感じです、麓から獣道で5分で登れます。
この茶臼山ですが古墳じゃないかと言われています。
何と無く人工的な感じもしない訳ではないですね。
過去に町で調査を行ったそうですが、確実な証拠は見付からなかったそうですが、
斜面の構造などは人工的な構造を否定できないそうです。
また、言い伝えでは、茶臼山の斜面に有った敷石を1400年頃の勅使池や若王子池の
造成に使ったと言う話もあります。
まあ歴史ロマンとして謎のまま残しておくのも良いかもしれません。

 

豊川稲荷初詣

  • 2015.01.08 Thursday
  • 16:02
こんにちは、はる君です。
寒い日が続きますね。


恒例の豊川稲荷に行ってきました。
天気は良かったのですが風が強く寒かったです。


本堂で商売繁盛を祈願して来ました。


狐塚の岩の上で睨むお狐さん。


ちょっと眼つきの悪い親子きつね。


門前は平日にも関わらず沢山の参拝客で賑わっていました。
参道のお店で「きつねうどんとおいなりさんセット」を頂きました。


須佐之男社のイチョウ

  • 2013.11.25 Monday
  • 15:05
こんにちは、はる君です。
今日は午前中はどんより曇り、昼からは風雨強くなってきました。
午前中用事があり名古屋市南区に行っていました。少し時間があったのでここに寄ってきました。


南区源兵衛町にある須佐之男社です。
以前この近くで仕事(猫が?ねずみ駆除の仕事?)をしていた事があり、この神社のイチョウが綺麗だったのを思い出し行ってみました。


南側の参道です。境内には数本のイチョウが有りちょうど黄色く色付ききれいです。


この鳥居左側のイチョウが一番大きな樹です。
ここのイチョウは宝永三年(1706年)にこのあたりの新田が完成した時に植えられたと言われています。


ちょうど一番綺麗な時期ですね、まだほとんど散ってはいません。もう少しして散り始めると一面黄色い絨毯になりそれもとても綺麗です。


徳川園

  • 2013.03.06 Wednesday
  • 15:30
こんにちは、はる君です。
きょうは天気も良く暖かかったので名古屋市東区の徳川園に行って来ました。

龍仙湖と観仙楼
徳川園は尾張藩第二代藩主徳川光友が自らの隠居所として大曽根屋敷を建てたのが起源と言われています。光友の没後、尾張藩家老に譲り渡されましたが、明治22年に尾張徳川家の邸宅となっています。昭和6年徳川家から名古屋市が譲り受け公園として整備されました。

龍仙湖
龍仙湖を中心に滝や橋・庵等が建っています。

都会のオアシス
木々の向こうには高層マンションなども垣間見え都会の中のオアシスと言った佇まいです。


伊勝城跡(宝珠院)

  • 2013.02.20 Wednesday
  • 13:17
こんにちは、はる君です。
今日は名古屋市昭和区にある史跡の紹介です。

曹洞宗宝珠院
名古屋市昭和区伊勝町にある曹洞宗の寺院『宝珠院』です。
実はここは家(工房)の菩提寺で祖父母の墓があります。

本殿
本殿です。

なんだ、ただのお寺じゃない!・・・って?
実はここには、戦国時代(1580年代あたり?)に伊勝城という平城がありました。城主は柴田勝家の甥、佐久間盛政の居城とされています。盛政は後に御器所西城に移り伊勝城は廃城になりました。佐久間盛政は、信長亡き後の賎ケ岳合戦で秀吉軍に敗れています。

今となっては城跡を思わせるものはありませんが、お寺のある場所は高台で本堂の裏からは下を見晴らす事が出来ます。またかつてはここに土塁が残っていたそうです。
城主のゆかりなのでしょうかお墓の4分の1近くは佐久間家となっています。



豊川稲荷

  • 2013.01.08 Tuesday
  • 12:28
こんにちは、はる君です。
昨日は豊川稲荷へお参りに行って来ました。

本殿
豐川稲荷は正式名を「宗教法人 豐川閣妙嚴寺」と称し、山号を圓福山とする曹洞宗の寺院です。
一般的に「稲荷」と呼ばれる場合は「狐を祀った神社」を想像される方が多数であると思われますが、当寺でお祀りしておりますのは鎮守・豊川吒枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)です。豊川吒枳尼眞天が稲穂を荷い、白い狐に跨っておられることからいつしか「豐川稲荷」が通称として広まり、現在に至っております。
(豊川稲荷HPより)
豊川稲荷には東京赤坂、大阪、横須賀、札幌、福岡に別院があります。

正月も7日目でしたがまだまだ参拝者も多く、またこの日が仕事始めの会社もあり、背広で大きな熊手を抱えた人も多く見掛けました。
工房も商売繁盛を願ってお参りです。

千本旗
千本旗 参道に並ぶ参拝者の願い事が書かれた旗です。

狐塚
霊狐塚
なんだかとってもパワーが感じられるスポットですね。
アンドロイド工房は、FoxWorksと名付けましたので、狐にあやかりたいと思います。


山神神社(東郷町白土)

  • 2012.11.08 Thursday
  • 12:59
こんにちは、はる君です。
久しぶりに近くの神社に行って来ました。
緑区との境界線近くにある山神神社です。

一の鳥居神楽殿鬼瓦
県道56号線東白土バス停近くにあります。一の鳥居と神楽殿の鬼瓦です。
以前神楽殿は境内に有ったのですが、県道の拡幅により取り壊されました。

県道側入り口
県道側入り口です、拡幅工事が済み綺麗に整備されています。

境内
境内と二ノ鳥居

本殿
本殿
この山神神社の創建は文化八年(1811)とも寛永十二年(1800)とも言われています。
祭神は大山祗命で山の神信仰一つで農村型の田畑の神と思われます。

境内社
境内社 

磨砂採掘碑
磨砂採掘地碑
昔からこの地では磨砂が採掘されていました、白土という地名もこの磨砂に由来していると思われます。



傍示本御嶽神社(東郷町)

  • 2012.09.23 Sunday
  • 10:36
おはようございます、はる君です。
今日は3つめの御嶽神社、傍示本御嶽神社の紹介です。

御嶽神社入り口
県道57号線(バイパス)脇に入り口があります。
このバイパスが出来る前は県道36号線まで緩やかな坂道になっていましたが道路工事により山が切り取られてしまい県道脇から急な階段で登るようになりました。
入り口には立派な看板が出ています。やはりここも他の御嶽神社と同じ心願講の霊場のようです。

参道階段
参道は階段が続きます。

参道上から
頂上から下を見たところ。

本殿
本殿です。建物はこの本殿(護摩堂)と炊事屋があります。この奥に御嶽神社の石碑があります。
参道は先の階段の他に南側から車両が入れる道があるようです。
この日は祭礼の準備なのか、数名の方が掃除や草刈をしていました。
この傍示本の創建も諸輪と同じ頃、安政の頃と言われています。


祐福寺一里塚(東郷町)

  • 2012.09.22 Saturday
  • 08:33
おはようございます、はる君です。
今日は工房から歩いて15分位の所にある祐福寺一里塚を紹介します。

yahoo map より転載
yahoo map より転載
場所は名古屋と岡崎を結ぶ県道56号線の脇、東郷住宅前バス停と清水ケ根口バス停の中間あたりです。
この県道56号線は、平針街道・岡崎街道・新街道などと呼ばれ、名古屋城築城時に徳川家康により名古屋城下と岡崎を結ぶ近道として整備されました。熱田・鳴海・地鯉鮒を通る東海道に対し新街道と呼ばれました。

石碑
北側一里塚前の石碑
一里塚とは大きな街道の脇に1里毎に通行者の目印として設置した塚(土盛り)の事です。塚には榎や松の木を植えたり標識を立てたりしていました。
通常は街道の両側に一対として設置された物ですが、この祐福寺一里塚の様に両側とも残っているのは珍しいそうです。

北側一里塚
北側一里塚
あまり高くありませんが、土盛りがはっきりわかります。

南側一里塚
南側一里塚
田んぼの中で保存されています、こちら側ははっきり塚として分かります。

この祐福寺一里塚には松の木が植えてあったそうですが、昭和53年に松喰虫の被害を受け枯れたため現在は榎が植えて有ります。

一里塚にはほとんどの場合、榎が植えて有りました。これには言い伝えがあります。
一里塚に何か木を植えようということになり、家康の家臣が、どの木にしようかと家康に伺ったところ、「余(よ)の木を植えよ」と答え。それが家臣には「えのき」に聞こえたらしく。「一里塚 = 榎(えのき)」ということになった。らしいです、一里塚看板より。



和合御嶽神社(東郷町)

  • 2012.09.19 Wednesday
  • 06:55
おはようございます、はる君です。
今日は2つめの御嶽神社、和合御嶽神社の紹介です。

御嶽山入り口と鳥居
御嶽神社入り口
この和合御嶽神社も参道が2つあります。こちらが正式な参道と思われる南側の入り口です。
場所は旧国道153号線和合西口バス停付近です、大変分かり難く民家の間に鳥居が立っています。

竹薮
階段を上がり鳥居をくぐると道が無くなりました、と言っても途切れたわけでなく草が腰丈くらいまで茂ってとこが道か分からない状態です。かろうじて草が少ない所を掻き分けて20mほど進むと竹薮になり小道が続きます。
入り口から100m2分ほどで山頂に着きます。

東側入り口
東側入り口
こちらも場所は分かり難く集落の中にあります、鳥居は無く小さな看板で入り口で有る事が分かります。

東側参道
参道は舗装されていて歩き易いです。

ちびっこ広場
途中にちびっ子広場が有りましたが、あまり使われている様子はありません、後ろは新しい住宅がたくさん建っていて開発が進んでいる様です。入り口から60mほどで頂上です。

護摩堂
参道正面に建つのがこの本堂、護摩堂なのでしょうか中には入れませんでした。

手水舎
手水の紋を見ると諸輪御嶽神社と同じ御嶽心願講の霊場である事がわかります。

小堂
本堂横にあった小堂、中には石像があります。建物はこの2つとトイレだけです。

霊場
本堂の奥には石碑が建つ霊場になっていました。人気は全く無く、諸輪御嶽神社に比べあまり人手が入っていない感じでした。そのせいか神秘的な雰囲気がありました。



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